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カマロンのカンテ・フラメンコ

世界一有名なフラメンコの歌手、カマロン・デ・ラ・イスラのCDをいくつかあげてみよう


第1集」1969年
カマロンが18歳、パコ・デ・ルシアが21歳のときのコラボレーションによるデビューアルバム。
若いカマロンのすばらしい声が聴ける。

第2集」1970年
パコ・デ・ルシアとのコラボレーション。

第3集」1971年
パコ・デ・ルシアとのコラボレーション。

カナステーラ」1972年
第3集と第4集のあいだに発表されたが、これもパコとのコラボレーション。カナステーラは新しい曲種。

第4集」1973年
パコの『アンダルシアの根を求めて』などのファルセータが聴ける。

ソイ・カミナンテ」1974年
パコ・デ・ルシアとのコラボレーション。

アルテ・イ・マヘスタ」1975年
タイトル曲で『アルモライマ』のファルセータが聴ける。

ロサ・マリア」1976年
ブレリアが、おなじみ『アルモライマ』のイントロで始まる。バンベーラやセビジャーナスも収録。

カスティージョ・デ・アレーナ」1977年
パコ・デ・ルシアとのコラボレーション。この年、パコはアル・ディ・メオラのアルバム「エレガント・ジプシー」に参加し『地中海の舞踏』を発表した。

ラ・レジェンダ・デル・ティエンポ」1979年
トマティートがミュージシャンとしてレコーディングに初参加した作品。リカルド・パチョンがプロデュースしており、パコ・デ・ルシアが不参加。この辺のややこしい事情は「パセオ・フラメンコ (1998年9月号)」に掲載の濱田滋郎「アーティスト列伝」でくわしく説明されている。斬新なアレンジのブレリアで始まり、ガルシア・ロルカの詩や、日本でもよく知られたラ・タララなどが取り上げられている。

コモ・エル・アグア」1981年
パコ・デ・ルシアがジャズに影響を受けたスタイルに変貌して復帰し、トマティートとともにバックを務めている。この「コモ・エル・アグア」は大ヒットしたタイトル曲をはじめペペ・デ・ルシアの手によるキャッチーな曲が揃っている。ジャズロックみたいだった前作とは違ってバックは生楽器で演奏している。

カジェ・レアル」1983年
パコ・デ・ルシアやトマティートのほか、ベースのカルレス・ベナベンやパーカッションのルベン・ダンタスといったパコ・デ・ルシア・セクステットのリズム隊が活躍している。

ビビレ」1984年
パコ・デ・ルシアとトマティートのギター。パコ・デ・ルシア・セクステットから、ベースのカルレス・ベナベンとパーカッションのルベン・ダンタスの強力リズム隊のほかにホルヘ・パルドも加わった作品。

テ・ロ・ディセ・カマロン」1986年
ギターはトマティート。
ほとんどの曲がカンテとギターとパルマだけのシンプルなアレンジになった。

フラメンコ・ビボ」1987年
トマティートと2人のライブ。

ソイ・ヒターノ」1989年
リカルド・パチョンがプロデュースしたカマロンの大ヒット作。パコ・デ・ルシアは不参加で、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団をフィーチャーしている。ビセンテ・アミーゴが参加しており、トマティートとの競演も聴ける。

ポトロ」1992年
ガンと闘いながら録音し、カマロンの遺作になった。リバーブが深めにかけられたり薄くシンセが重ねられたりして、すこし今ふうの音になっている。ギターはパコ・デ・ルシアとトマティート。

カマロン・ヌエストロ」1994年
2枚組のライブアルバム。ギターはトマティート。

パリ 1987」1999年
このライブ・アルバムは、第1回ラテングラミー賞の最優秀フラメンコアルバム賞を受賞した。曲目は「コモ・エル・アグア」など。エッジの効いたギターのトマティートがひとりで伴奏していて、こちらも聴きもの。

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